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2024年03月29日
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黒部ダムと黒部川第四発電所について

2008年11月09日

黒部ダムと黒部川第四発電所について

 

黒部ダムは、日本で一番標高が高いダムで、高さは186メートルあり、
50階建ての建物よりも高いと言われています。

また、黒部ダムは、アーチ型をしており、とても美しく、見る人を魅了します。

その他の特徴としては、提頂長の長さと体積は、
日本一で、貯水量は日本で4番目となっており、
高水準のダムになっています。
 
 

黒部ダムは、戦後の復興期に起こった電力不足を解消するために
建設されたダムです。
 

第二次世界大戦後の電力不足は国家問題といっていいほど、
深刻だったようで、電力を補うために、

まず関電が火力発電所で対応しようとしましたが、
できなかったために、大規模な水力発電所を建設しようという構想が持ち上がり、
黒部ダムを建設することになりました。



黒部ダムは、
当時関西電力の社長であった太田垣士朗が陣頭指揮をとり、

昭和31年から7年もの歳月と、
513億円という巨額の費用、
1000万人という膨大な人材を投入しており、

社運をかけて行われた工事だったようです。

当時の513億円は、今のお金に換算すると1兆円超えると言われています。


黒部ダムの工事の一番の難関は、大町トンネル内の大破砕帯で、
その時の大出水は、映画「黒部の太陽」でも取り上げられました。


黒部川第四発電所が、黒部ダムの10キロメートル下流で、
地下150メートルの所に、昭和38年に設置されました。
 

黒部川第四発電所は、
NHKの「プロジェクトX」で、建設時の
取り上げられました。
 

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黒部ダムについて

2008年11月05日

黒部ダムについて


黒部ダムは、日本最大級の水力発電ダムとして有名。
 

この黒部ダムを建設するときの話は、
世紀の大事業として語られています。

地下水を溜め込んでいる軟らかい地層である破砕帯との格闘があり、
この状況は、石原裕次郎さんが主演した映画「黒部の太陽」の中でも名シーンとして伝えられています。
 

黒部ダムの建設は1956年(昭和31年)から始まったそうです。
黒部ダムの建設費用は、513億という巨額の費用がかかりました。

 

黒部ダム建設に関わった人数は、1000万人で建設期間は7年。
本当にものすごい期間がかかったことが伺えます。

今、黒部ダムは観光名所として知られています。

 

また、長野県側の立山黒部アルペンルートの起点としても有名。

その他、黒部ダムには、興味を引かれるエピソード、歴史がたくさんあります。

黒部ダムの魅力の1つとして、放水量が大迫力ということがあります。

放水量は、毎秒10立方メートル以上といわれています。

黒部ダムの放出は、ものすごい水煙をあげることから、
見た人みんな感動する、と言われています。




黒部ダムがある黒部の谷は、
ダム建設以前は、秘境として知られており、
登山者以外の人は、訪れることがない場所でしたが、

今では観光地として有名になり、訪れる人が増えています。

毎年100万人以上観光客が訪れている、といわれています。